やりたいこと

冬の夜中の覚書です。あのときこう思っていたと残すための。公の場に公開するという、ある種宣言でもあるので、お暇がある人は見てください。

俺には、昔から好きなことが死ぬほどあります。きっと、好奇心旺盛ってやつだと思います。

テレビでなにか面白そうなことしてるのを見たら「これやりたい!」綺麗な風景が映ってたら「ここ行きたい!」って言い出す、そんな子供でした。

小さいながらに、それは簡単にできないってことは理解していて、「いつかタイミングが来るかな」なんて思ったりしていました。

少し歳を重ねて、少年と青年の間くらいになった頃、「待ってたって、タイミングなんてこない」と気づきました。もちろん、全てがこないわけではなくて、こないタイミングだってあるんだ、ということです。

きっかけは、たしか部屋の片付けをしていて「これはいつか使う」とか思って置いてたものを、何年か後に掘り出して捨てた時に感じたんです。「こいつを使うタイミングなんて、結局こなかった」って。

もうそれが、何に使うものだったかは忘れてしまいましたが、あの時俺が、行動を起こし、それを使っていれば、その時点で「タイミングはきていた」のです。タイミングは待つものじゃなく、作るものだと意識するようになりました。

さらに言うと、人の記憶には優先順位があります。今日思っていた些細なことを、明日覚えていられるか、なんて自分じゃわからない。言い換えれば、何かをしたいなと感じた時、今日しなければ、明日できるかはわかりません。タイミングはどんどん逃げていく。やはり、タイミングは思いついた時に作るんだと決めました。

そう確信した俺は、人生の夏休みと言われる学生時代、色んなことをやってきました。

「好きなことをやる」簡単なようですが、これが難しくて。なぜなら、俺はどこぞのバンドマンのように、どっかのネジが取れてるような人間ではなく、いわゆる「普通の人」です。

変わってると言われることも時たまありますが、客観的に自分を見ても、平均的な日本人男性だと思っています。思考も行動も。普通だと思ってるから、変わってるなんて言われると、少し嬉しかったりするんだと思います。天然気取りが天然と言われて喜ぶみたいなw 別に変人気取りしたことは一度たりとてありませんが…

で、そんな俺が、何か好きなことに手を出すとき。

もちろんやましいことをするわけじゃない。誰も俺のことを見ているわけじゃないし、監視しているわけでもない。そんなことはわかっているのに、本当にやってもいいのかどうか。タイミングは作るものだ!と決めた頃の俺は、どこかで悩んでいました。

きっとそれは、全ての責任は自分にかかるから。自分がやりたいと思ったことを、自分で準備して実行する。うまくいかなかったとき、ケツを拭いてくれる人も、気持ちの上の保険なんかもないから。とにかくどっかでビビってました。でも、ビビってばっかじゃいられないから、「自分で選んだ道からは逃げない。」ってことだけは決めました。

少し成長して、「自分にはもう自由な時間があまりない」と、前に思ったことがあります。

音楽が好きなのですが、好きと得意は全然違って、昔からとにかく音楽ができませんでした。

成績は、普通の教科と体育(この見た目の割に)はそこそこでしたが、とにかく音楽だけは、何を習ってるときもいい評価がついたことがなかった。いつも実技で死んでたので、筆記テストに全力を注いで、生き残って来ました。

そんな俺が、音楽は壊滅的だけど、ずっとやりたかったギターを買って、毎日基礎練習して、人の10倍は遅いペースで少〜しずつ弾けるようになったとき、バンドを組もうとしましたが、あまりうまくいかず。

「逃げない」の決意通り、ギター自体は今も毎日やっていますが、大学2年当時、今からバンド組んでも、まともに活動できる時間なんてないんだろうな、自分には、もう自由な時間はなくなってきているんだ。とおぼろげながら思いました。

そして実際に、あと何ヶ月かで俺の自由な学生生活は幕を閉じることになります。

来年から社会人になる同級生は、口を揃えて「社会に出たくない」と言います。

もちろん俺だってそうです。出なくていいなら、出たくないんです。本音は。

続けて、彼らは「社会は辛く厳しいから、出たくない」と言いますが、そこは違う。もちろん自分でも、その理由がウェイトを占める部分はありますが、俺としては何より、「好きなことをする時間がなくなる。」それが辛いです。

未だに、テレビを見てこれやりたい!ここ行きたい!こんなことできないかな?って、毎日思ってます。どうにか現実にする方法はないかって、すぐに調べてます。色んなものを創ってます。

「好きなことだけやって、生きていけるわけじゃない」ってのはわかってますけど、「生きていく中で、できるだけ好きなことをやっていきたい」んです。

こんな考えの俺は、きっと社会を、仕事を舐めてるんだと思います。

でも、仕事だけに人生を注ぐ大人もかっこいいけど、好きなことやって仕事もしてる大人や、好きなことを仕事にしてる大人だって、俺はかっこいいと思うんです。

悩みに悩んだ就職活動は

・好きなことをできる時間を確保できる職業

・好きなことを仕事にできる職業

この2つで死ぬほど悩みました。

そして、内定が周りでポロポロ出だす頃まで悩んだ上で、好きなことを仕事にすることにしました。

俺は、欲を言えばグラフィックデザイナーになりたかった。それは、大学の学部のこともあって、叶わなかった。

だけどそれは、高校のとき、デザイン方面に進みたいと進路相談で伝えた時、当時の担任に「死ぬほど厳しい」と言われて、「考えが甘かったんだ」と、諦めてしまった自分の責任。しがみつけばどうにかなったかもしれないのに、知識がなさすぎました。

そして進んだ、今の大学から選んだ、この先の道。

俺は、デザイナーではないけれど、デザインする営業マンになります。

デザイナーになりたいと話したら、専門に進めばいい、と言われました。でも、それは自分の中で、やると決めた就職活動からの逃げでした。

好きなことが好きなだけやりたいなら、フリーターになればいい。そう言われもしましたけど、男目線で言えば、ここまできていきなりそれは、人生からの逃げに思えました。

投げないこと、逃げださないことは一番大事と誰かも歌っていましたから、俺はこの就職活動の結果を抱えて、来年の4月を迎えます。

最初に言ったように、俺は「普通の人」なので、「普通の人生」を大きく逸れるようなことはできません。

小中高大と出て、社会というレールに乗る。鉄板も鉄板です。自由に生きる人から見れば、しょうもない人生でしょうが、俺は「出る杭」になれる存在ではないんです。打たれたくないですw

ただ、生きていく中で、できるだけ好きなことをやっていきたいと思っているので、「普通の人生」のレールに、好きなことの駅を沢山作っていく、そんなバランス感覚には自信があります。

振り返った時、好きなこと、やりたいことも沢山詰まっている、「普通の人生」のレールを作れるように、楽しく社会人生活を過ごしたいところです。

俺には、まだまだやりたいことがあります。

4月から、きっと時間は著しくなくなっていって、余裕もなくなって、思いついても何もできなくなって、気力もなくなる時期が来るんでしょう。

それでもきっと、未来の自分が好きなことをやってくれるよう、ここにこうして書きました。いつかこの文章をまた読んで、自らの手でタイミングを作って、そこから、逃げ出さずにいてくれることを祈ります。

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