イタリア旅行(日本~ベネチア編)

人生初の海外旅行!

卒業旅行として海外へいこうと漠然と思っていたのですが、どうせならなかなか行けない、そしてあまり行っている人がいないところに行きたいなーと考えて、ヨーロッパまで足を延ばし、イタリア国内をあっちこっち周り、6日間を向こうで過ごしてきました。
初めての海外旅行としては、難易度が高いと言われたのですが、世界遺産をどこの国よりも持つこの国はとても魅力的で、見たもの、感じたことを忘れたくないので、こうしてブログという形で残しておきたいと思います。ついでに大学4年間のことも…。
長くなるかとは思いますが、少しでも何かが伝わるように書きますので、お時間があれば見ていただき、魅力が伝わればこんなにうれしいことはありません。書きやすいように話口調で書きますが、お付き合いください。まずは、ベネチアまでを書きます。

2015年3月15日、4年間通っていた大学を卒業した。誰もが「大学の4年間は本当に短い」なんてことを言うけれど、御多分に漏れず、俺にとっての4年間もあっという間だった。思えば1年の頃、俺はとてもろくでもない大学生だった…。世間的に、「うぇ~い系」とか言われている、何の目的も夢もなく、ただただ漠然となんとなく日々を過ごしている同学年の人と混ざるのがいやで、意図的に距離を置いていた。誤解のないように書いておくと、友達もいて、学校にも行ってた。けど、行ってるだけだった。2000人もいる同学年の中で、聞こえよく言えば、自分の色を探すのに必死だった。悪く言えば、俺はあんな奴らとは違う!ってのを言い訳にして、ちゃんとした人だっていたのに、探さなかった。そんな大学生活を送った結果、そのうぇ~い系よりも成績は低く、心の底から自分を情けなく思った。当時は色んな人を受け入れることがまだできなかったから、こんなことになってしまったんだな、と今では思える。そう思えるようになったのも、色んな経験をして思い悩んだりして、バンドのデザインをやりだして、もっとたくさんの人と知り合って行ったからだと思う。いつのまにか、俺は大体の人を受け入れることができるようになっていった。それまでは、自分の中にある「こうあらねばならない!」という、なんかよくわからないプライドみたいなものを、人にも当てはめていたのが良くなかったんだと思う。自分が自分で考えたものは、自分で守り抜けば、それでいいんだなー、と気づいてからは、色んな友達から、自分の知らない世界の話をたくさん聞いて、俺も自分の世界の話をして、そうこうしてるうちに、大学生活は楽しくなり、成績もどんどん上がっていった。

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といっても、1,2年の代償は大きく…結局4年の後期まで単位が残ってしまっていた。俺は、5つの試験の中で2つ合格点を取らなければいけなかった。試験後は「まあ、なんとか行けたでしょ…」と思っていたけど、何といっても試験だから、解答欄が1つずつずれていたりだとか、実は受けた教室を間違えていたりとか、こんなことが考え出せばキリがないほど出てくる。結果はもちろん行けたけど、それまで旅行の予約をしに行くこともできなかった。

卒業者発表は卒業式の2週間前、3/3だった。無事に合格者一覧に自分の名前を見つけて、思いつく限りのガッツポーズをして、その足で友達と大学の旅行予約センターに行った。やっとのここから本題である。

「再来週くらいにイタリアに行きたいんですけど…」俺の卒業旅行はここから始まった!けども、「たぶんどこも空いてないですよ」と、答えは一瞬で返ってきた。まぁよくよく考えていれば当たり前で、大体海外旅行なんて3か月、下手すれば半年前から企画するもので、1番卒業旅行として込み合う時期に、2週間前にいきなり来て予約しようったって、そうはいかない。見つけたイタリアへのプランを総当たりで聞いてもらったけど、どこもかしこも空いていなかった。「旅行代理店にでも行ってみてください。小さいところならチャンスがあるかもしれません」と慣れた口調で言われて、俺らは放り出された。毎年のように、俺らみたいな馬鹿な学生がぎりぎりで言ってきてはじき出してるんだろうな…となんとなく思った。

とりあえず近場の旅行代理店でも行くか…と駅前まで足を延ばした。店の前に並んだパンフレットを見ていると、どれも「2016/4~」と書いてある。「これは…」と内心思いながら、口には出さずに店に入った。
「再来週くらいにイタリアに行きたいんですけど…」同じセリフをここでもいうと、とりあえずパンフレットはあるようで、持ってきてくれた。沢山魅力的なプランが並んでいる!所詮学校の旅行代理店もどきなんてもとから期待してなかった!餅は餅屋!!と思いながらあらゆるプランを聞いたが、どれも飛行機が空いてなくて帰ってこれないか、もうそのプランの募集は打ち切って催行中止になっているか、どちらかだった…。スタッフのお姉さんが、もはややけくそになっている俺らを見かねて、ヨーロッパ全土をしらみつぶしに確認してくれたけど、どこも空いていなかった…。「ここらならどうにかできますけど…」と、パンフレットをもらって、その店を出た。

途方に暮れ、我が家で緊急特別会議を開くことにした。なんたって頭の中ではイタリアがん攻めルートが決まっていたのに、もらって帰ってきたのは「ロサンゼルス」「ニューヨーク」とか書いたパンフレットだった。アメリカも…そりゃ行きたいけど…思ってたのと違う。諦めが悪い俺らは、ネットで検索をかけることにした。これはできるだけやりたくなかった、初めての海外旅行で、しかも遠い国へ行くのに、ネットじゃ不安な点がもっと増える。とりあえず調べるだけ調べたが、どれもこれも帰国が4/1になるものしか残っていない。その日は入社式だ…ドボンになってしまう。そういえば、お姉さんが「うちは大手でHISだけ扱ってないので、最後に望みをかけるならそこですね…」とつぶやいていたのを思い出した。調べると、なんと「HIS ヨーロッパ専門店」なるものがあるらしい。俺はそこを調べつつ、同時に友達に速攻電話をかけてもらい、「3/16~3/31の期間内なら何でもいいので、イタリアのプラン空いてませんか…」とすがりついた。調べてみますと返事があり、すぐに折り返しが来た。なんと2席だけ余ってるプランがあったようで、やっと俺の卒業旅行が決行されることになった。
出発日は、卒業式の翌日である3/16からで、移動手配とホテルのみの予約をしてもらう、ガイドなしのフリープランとなった。買ってきたガイドブックに、「主要都市は英語でもOK!」と書いてあり、余裕だなと思っていたら、英語もしゃべれないのに気付いたのは飛行機に乗ってからだった…。

ついに出発の日が来た。ひかに送り出してもらい、関空についた。あまりに広い初の国際線ロビー。右往左往しながら「カタール航空」の文字を探す。カタール航空とは、その名の通り、カタールに本拠地を構える航空サービス会社で、何といっても砂漠国家ゆえに、油田を大量に持つ金持ち国家だ。かなり安い飛行機なのに、とてもサービスがいいことで有名らしい。俺らのルートは、まずカタールのドーハ空港へ行き、そこから乗り継いでベネチアのマルコポーロ空港(ベネチアはマルコポーロの出身地らしい)へ行くルートだ。まずドーハまで11時間半、乗り継ぎに5時間、ベネチアまで5時間半の驚異の22時間コースである。なんなら関空に2時間前につかなきゃいけないので、24時間、家からだと26時間…考えると気が遠くなる。が、旅の最中は相対性理論が活発に発動しているので、意外と何ともなかったりする。

日本を出てしばらくすると提供される機内食、時差がドーハの時点で-6時間になるので、何ご飯をたべているのかよくわからなくなる。これはチキンとマッシュポテト。

ユーラシア大陸を横断し、ドーハを目指す飛行機(時速800キロ以上)

機内ではマーベルムービー、アントマンを見ながら過ごした。見たことがあっても、機内で見るとまた違う。

関空を出て11時間半、8274キロ先だったドーハへ到着。

ドーハ(ハマド)国際空港。この時点で金持ち国家感がすごい。周りはアラブ系の人々ばかり。

ここで長い長い乗り継ぎタイムとの闘いに入る。まず関空発のチケットには書かれていた出発ゲートの記載がない。ので、ゲートの確認からだが、インフォメーションのスクリーンを見ていても乗るはずの便はあらわれない。人生初のリアル「エクスキューズミー」である。ほんとに通じるんだなーとなんとなく感心した。


この空港の名物、謎のくま?の巨大ぬいぐるみ。上から電気が当たってるのではなく、くまにめり込んでいるのが最大のポイントといえる。

カフェのおしゃれな入口の前で


クランベリーココナッツドリンク。飲んだことのない味でおいしかった。

ユーロで払ったら、割り切れないお金が「カタールリヤル」という謎の通貨で返ってきた…。

空港内を走るシャトルトレイン。この近未来感がかっこいい。天井はなぜか木目調。

ドーハ空港の出発ロビーについて受付に「ここであってますか?」と聞きに行くと「まだ始業時間じゃないから1時間待ってくれ!」この時点で、日本とは仕事に対する考え方が違うんだなと確信。無事に会っていたようで、飛行機のもとへクソでかいバスで移動。

運転席の見たことのないスケール感。
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外はやっぱり砂漠。

飛行機に乗り込み、待つこと5時間半。ついにベネチア空港に到着。そこらかしこにいる中国人と韓国人のマナーの悪さに辟易しながら、入国審査。「コンニチハ!」と言われて終了!無事にイタリア入り!

ベネチア空港は、ベネチア空港というものの、ベネチアには位置しておらず、イタリア本島にある。そもそも、ベネチアというのは、日本でいう沖縄のように、大小数々の島を総称してベネチアと呼んでるみたい。さて、そんなわけで空港からベネチア行きのシャトルバスに乗って、ベネチアへ!!

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ちなみに、イタリアは左ハンドル右車線なので、違和感がすごいです。

IMGP8227.JPGベネチアのローマ広場へ到着!止まってたトラム(日本でいうちんちん電車)

ベネチアは、車の乗り入れがこのローマ広場という島の入り口までと限定されており、自動車は通行禁止。街の人たちはみんなゴンドラかモーターボート。または水上タクシー使って移動し、生活している。さすが世界で唯一の水上都市。

IMGP8229.JPG最初に見えた運河、ついにここまできた!と、1日かかった移動の疲れなんて吹っ飛ぶ。IMGP8238.JPGIMGP8249.JPG運河に架かる橋の上から撮った1枚、水の反射がきれい。

IMGP8267.JPG映りこむ建物を見ると、ベネチアっぽい写真だなー、と思う。IMGP8277.JPG
路地1つ取ってみても、とてもいい写真が撮れる。

散策しまくって、1キロほどの距離にある、ベネチアの中心地。サンマルコ大聖堂の近くにあるホテルにたどり着くまで、1時間以上かかってしまった。

IMGP8297.JPGホテル「ベッラ ベネチア」4つ星ホテルで、泊まった中で1番グレードの高いホテル。

ホテルについて、荷物を置いたら、またすぐに街の散策を開始!

IMGP8301.JPGホテルにほど近いところにいたマルコポーロさん。黄金の国ジパングを見つけてくれてありがとう。IMGP8303.JPGイタリアはピザとかは安いけど、飲み物が高い。コーラで大体2ユーロ(260円くらい)で、ビールと同じくらいです。水とコーヒーが1ユーロ(130円くらい)で、同じくらいの値段。生活にコーヒーが密接してるから、カフェでもどこでもこの値段。ちなみにコンビニはありません。

IMGP8305.JPG海まで出てきたところIMGP8315.JPG夕焼けの時間になってまいりました!IMGP8323.JPGこっち見んなIMGP8327.JPGカジノを発見!なんと港にカジノ行の送迎船なども…全額かけたかったけど初日のため断念IMGP8332.JPGお気に入りのサンセット写真IMGP8338.JPG夜になってくるとゴンドラの料金が高くなりますIMGP8349.JPGIMGP8295.JPGIMGP8360.JPGIMGP8364.JPGIMGP8365.JPG日もすっかり落ちてきたところIMGP8370.JPGIMGP8372.JPGIMGP8376.JPGそろそろ飯の時間だなーと歩き回っていると、運河沿いに、いい感じのお店を見つけた。IMGP8383.JPG

水上タクシーが浮かぶ運河を横目に、チキンステーキを注文!ここのスタッフのイタリア人のおっちゃんが面白くて、微妙に日本語を話せる。
「ジャパニーズ?」と聞かれて、受け答えしてたら、「すごーいすごーい」と言いながら手元のスマホを触って何か出してくる。なんだと思えばコスプレイヤーの写真のスライドショーwwベネチアまで来て日本人のコスプレイヤーを見せられるシュールな状況に笑ってたら、また「すごーいすごーい」と言いながらタブレットをいじって何か出してくる。今度は中学くらいの頃?昔ジャンプに載ってたトラブルっていうエロいアニメwww
サービス精神旺盛なおっちゃんとのひと時を楽しんで、1日目を終えました。

サービスでもらったオレンジジュースの横に鎮座するおっちゃんのスマホ(トラブル上映中)

2日目の朝、移動の疲れも思ったよりもなく気持ちよく起床!夕方にはフィレンツェへの移動を控えていたものの、この日は事前から予告されていた鉄道ストライキの日。とりあえず旅行会社の現地支店まで一度電話してくれと言われていたので、携帯からかけようとするも、通話料が馬鹿ほど高くなるかもしれないし、とりあえず別のプランを練ることに。
しかし、ホテルの電話は外線につなぐ操作方法がよくわからず、公衆電話でも使うかな、とチェックアウト。とりあえず公衆電話を発見し、お金を入れるが…入らない。明らかに入れる場所はあっているのに…入らない。

「使い方調べろよ!」とお思いの皆さま。なんとベネチアではモバイルWi-Fiがほとんど機能せず、昨晩の帰り道も地図は使えず、なんとなくの記憶で帰ったのです。

使い方が記載されている感じのステッカーも、さすがはイタリア。なぜかゴリゴリにはがされており、全く読み取れない。かろうじてクレジットカードのロゴが読み取れたので、カード入れてきなところにクレジットをぶち込んだけど、さっぱり反応はない。結局30秒で終わらせようと携帯で書けると、「え?スト?今日はないっすよ」 あ、そうですか。イタリアクオリティ。IMGP8393.JPG問題の公衆電話。後から知ったけど、イタリアの公衆電話はほぼほぼ壊れていて小銭が使えず、郵便局でテレフォンカードを買わなきゃいけないとのこと。俺がクレジットを突っ込んだのは、テレカ用のさし口だったとさ…

気を取り直して、ベネチア観光2日目!ホテルのすぐ近くにあるサンマルコ大聖堂のある、サンマルコ広場へ。息をのむほどの絶景が広がっていて、圧倒的な異国感。天井に大天使ガブリエルが乗っている、高くそびえたつ鐘楼に上り、ベネチアの街を見下ろして、その絶景に、本当に来てよかったと100回くらい言った。多分この時点で累計500回くらい言ってた。

鐘楼の上に、日本にもよくある記念メダルの自販機があって、1枚2ユーロで売ってたから、せっかくだから買ってみた。俺は普通に買えたけど、友達は間違えて3ユーロ入れてしまって、おつり返却ボタンを押すも…出てこない。画面のクレジットには[1 EURO]と表示されたまま。仕方ないから横の飲み物の自販機で2ユーロ硬貨を崩すべく、1ユーロの水を買っておつり返却バーを押すも…また出てこない。結局おつりが帰ってくることはなく、呑まれたままで終わるので、イタリアに行った際は自販機に気を付けてください(旅行中、合計4ユーロくらい呑まれました)IMGP8398.JPGサンマルコ広場にて

IMGP8509.JPGサンマルコ大聖堂、近づくと圧倒的な迫力がある。IMGP8512.JPG彫刻もいちいちすごいIMGP8394.JPGこれが上った鐘楼!IMGP8508.JPGもちろん名前通り鐘もついているIMGP8493.JPG鐘楼から見たベネチアIMGP8496.JPGサンマルコ広場の対岸、海の向こうに浮かぶ協会。サンタマリアマッジョーレ教会。IMGP8497.JPG建物はオレンジの屋根で統一されているIMGP8503.JPGサンマルコ広場を上から見たところIMGP8505.JPGサンマルコ大聖堂を上から見たところ

一通り広場を見渡して堪能したところで、ついにゴンドラに乗ることに。ベネチアのメインイベントだ。ベネチアにはいたるところに「ゴンドリエ」というゴンドラ漕ぎの人らがいる。チケットとかはなく、その人らに声をかけて交渉して乗り込むというのが一般的な乗り方だ。基本的に何人乗っても同じ料金のタクシーシステムなので、一緒に乗る人数が多いほど安くなる。1隻出すのに、25分で80ユーロ、40分で120ユーロ、1時間で160ユーロが相場だった。長くなればなるほど、通るのが難しい狭い水路も通るスペシャルコースになっていく。ただ、2人で来ていたし、どうするかなーと考えていると、サンマルコ広場で知り合ったペルー人の夫婦と再会。彼らもゴンドラに乗るというので、一緒に乗ろうぜ!ってことで、1番長いプランでGO!
ゴンドラに乗りながらペルー人との会話を楽しんだ。彼らはどこから来たのか聞いてきて、日本だと答えると、東京に行ったことがあるという。また行きたいなと言ってくれた。俺もどこから来たのかと聞いて、ここでペルーからと知った。
ペルーと言われて、俺は必至で頭に検索をかけたけど、何もヒットしなかった。かろうじて後から遺跡があったな…とは出てきたけど「ペルー=○○」みたいなのがなかった。俺はそれがすごく申し訳なくて、逆に、日本の話をポンと出してくれることが、とても幸せなことに思えた。

それはここだけに限った話じゃない。出会う人出会う人が、俺らのことを一発で日本人だと認識してくれて「ジャパニーズ?」やら、「コンニチワ」やらの言葉で挨拶してくれる。アジア人はたくさん来ていて、中国人や韓国人も沢山いるのに、間違われることは旅行を通して一度もなかった。ガイドなしのフリープランだったから、本当にいろんな人と話したのにもかかわらず。小さな子供でさえ「日本の街から着たの?ぼくも行きたいんだよ」と言ってくれる。遠く離れた国の人が、自分たちの国を、都市を、どんな人間が住んでいるのかを、理解してくれている。さも自然に。それに感動した。あ、ちなみによくいる「トモダチダヨナ!!」と話しかけてくるアメ村ちっくな押し売り黒人は除きます。
で、きっとそれは、自分の前の世代、その前の世代が、「日本人は、かくあるべき。」みたいなものを世界に示してきてくれたからで、自分たちの世代でそのイメージを壊すわけにはいかない。とすら思った。なんたって、こういう観光都市は割と並んだりする。ベネチアは並ぶといっても、この聖堂か鐘楼ぐらいだけど、バチカンとかは何をするにも並ぶ。そこにいる中国人たちは、少しでもスペースを見つけたら前へ前へ進んでいく。彼らにとって、行列は障害物競走でしかない。そんなんばかり見ていると、真面目に並んでいる自分が馬鹿みたく思えてくる。自分も行ってやろうか、と一瞬思ったけど、こういう小さな点で少しずつ日本人が評価されているのかもしれない、と思って、出した右足をひっこめた。

俺は日本が好きだけど、鎖国時代から続く、なんとなく閉鎖的な国民性や、いわゆる出る杭は打たれるという風潮は大嫌いで、どうにかならないものかなーとなんとなくずっと思ってた。
ただ、海外志向を持つ人たちは「世界では、世界では」といつも世界を引っ張り合いに出して、俺をはじめ、海外に行ったことのない人にそんなこと言ったって、うまく伝わるわけないのにと考えていた。「よそはよそ、うちはうち」という言葉から何も学んでいない。
井の中の蛙大海を知らずという言葉があるけど、そういう人は少し外の世界に出てすべてを知った気になっているだけで、俺が感じたのは、日本は、このままの姿で十分美しいのかもしれない。ということ。どこか窮屈で、どこか臆病で、繊細だけど優しい人間が住んでいる国。きっと諸外国からはそんな風に思われている。

そりゃ、なめられているところはどうにかしなけりゃならないし、時間をかけてでも直さなきゃならない。出る杭は打たれるという風潮も、たくさんの才能をつぶすだけだから、少しずつ取り除いていけないもんかな、と思う。ただ、世の中の変化は始まっていて、出過ぎた杭は打たれないこともある。現にきゃりーぱみゅぱみゅなんかが実際にそうで、そういった人が少しずつ世に出ている時点で、すでに日本は、時には今までなかったようなものも受け入れて、いい方向に(別にきゃりーぱみゅぱみゅを推しているわけじゃありません)向かっているのかもしれない。

どこぞの海外志向の人間が言う、世界のどこかの国がいいなら、そいつがそのどこかの国に住めばいい話で、日本がその国の模倣をわざわざする必要なんてない。外の世界から見た日本は、今のままで十分に美しく、思った以上に愛されている。あとオタク文化はやっぱり海を越えてしまっている…。俺はイタリアでそれを感じて帰ってきました。

IMGP8407.JPG青空の下、キラキラに輝くゴンドラ乗り場。IMGP8408.JPG出発の準備をするゴンドリエ(漕ぎ手)!IMGP8409.JPGいざ!出発!IMGP8410.JPGIMGP8411.JPG同乗したペルー人の夫婦IMGP8414.JPG海の向こうに見える教会がしぶい。IMGP8420.JPG船上で撮ったお気に入りの記念写真IMGP8424.JPG街の中も水路が網目のように通っているIMGP8431.JPG器用にゴンドラの合間をすり抜けていくIMGP8435.JPG橋の下も通り抜けていくIMGP8448.JPGIMGP8461.JPG「マルコポーロの実家だよ!」とゴンドリエが教えてくれたIMGP8466.JPGイタリアには町中にアナーキーマークが点在している。IMGP8475.JPGそして国旗をめちゃくちゃ愛している、どこにでもある。IMGP8483.JPG案内してくれたゴンドリエ、渋いおっさん。IMGP8490.JPG通称「ため息の橋」尋問室と牢獄を結ぶ橋で、ここを通る囚人が、ベネチアのこの景色を見れるのも最後か…とため息をついたことが名前の由来になっている。

1時間のゴンドラタイムも終わり、最高の気分で最後にベネチアを散策することに。ここは仮面カーニバルというお祭りが有名で、誕生は1162年に戦争に勝利したとき、仮面をつけて仮装し、誰もが身分にとらわれずにサンマルコ広場に集って踊るということを起源に始まり、今では300万人が訪れる世界的な祭りになっている。毎年3月のはじめくらいまで行われていて、俺が行ったときはもう終わっていたけれど、仮面を売っている店は年中営業している。面白い祭りだなーと町中の仮面屋を見ていると、仮面が好きすぎて自分で仮面を作っているおっさんの店があった。IMGP8516.JPG俺らが行くと、喜んで仮装をするおっさん。

おっさんは仮面を作るのに凝りすぎていて、相場より少し高い値段で売っていたから、まともな仮面を買うのは厳しかったけど、どうせ何か買うならこの店で買いたいと思い、小さい仮面の置物を買った。商品をそのまま渡されることが多いイタリアで、このおっさんはプチプチでまず包み、新聞紙を4,5枚巻きつけて梱包するという、完璧な梱包をして見せた。本当に仮面が好きで、大切にしているんだろうなと思った。好きなことを仕事にしている人は、どんな国でも輝いている。


帰ってきてから自宅のぬいぐるみにつけさせて、みた図。次はでかいの買う!

早めに駅に到着して、フィレンツェへ行く電車が電光掲示板に出ていることを確認して、一安心。最後に駅前をぶらついて、名残惜しくベネチアを去る。本当に素敵な町だった。自動車もバイクも使えない、というのは、住人からすればかなりきついはず。なのに、そこで生活する人々はとても生き生きしていて、みんなこの町が好きなんだろうな、と思った。絶対にまた行きます。

俺らの乗った電車、「AV 9445 ROMA TERMINI」行きIMGP8517.JPGベネチア唯一の駅「サンタ・ルチア」IMGP8520.JPG色んな路上アーティストがいる。IMGP8530.JPGホームの高さは0、まぁまぁビックリする。フィレンツェへGO!!

以上、ベネチア編でした!次回はフィレンツェ編を書きます!アリーデベルチ!!(さようなら)

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