熊本復興支援の報告

ご無沙汰してます。ユウセイです。
時間は経ってしまいましたが、今日は8月の末に行ったFIGHT BACKによる熊本での復興支援イベント、「PEACE OF MIND」について書こうと思います。

こういうとき、僕はFIGHT BACKのデザイナーという立場で、どういう視点から書けばいいかわからなくて、(そのまま書いたらリーダーと同じことを書くことになるので…)長々と時間がたってしまうのが常なのですが、僕の主観的なところから、少しずつ書いていければと思います。
4/14に余震、4/16に本震が起きた熊本地震。

僕は新入社員として、今の会社に入社直後で、「なぜこのタイミング」というのが正直な気持ちでした。

東日本大震災が起きたときは、以前のブログにも書きましたが、高校生で金銭的余裕がなくて、今回は時間的な余裕がない。

同期には熊本県阿蘇市出身の子がいて、状況を教えてもらいながら、行ける日を待っていました。

そんなときに、FIGHT BACKのリーダーのソウタさんから連絡があり「熊本へ行こうと思う。」と話をもらいました。

FIGHT BACKというチームとしてではなく、個人的に行こうと思っていた僕にとってはありがたい申し入れで、決めた日付は夏の終わり、8/27,28。

27日に阿蘇でイベントを企画して、28日に色んなところを見て回ろうとザックリと計画を決めた僕たちは準備を始めました。

リーダーが今回はSAVE THE HIROSHIMAを始めとする団体と連絡を取り、共同でイベントを企画。熊本に住む地域の子どもたちや親御さんたちを対象にして、つけた名前が「PEACE OF MIND」。

大きいことはできないけれど、元気を与えたい、精神的な面での支援をしたいという気持ちからつけた名前です。

行った支援は大きく2つ。

・Tシャツプリントワークショップ

東北でも行った企画で、支援金を使って無地のTシャツ(今回は幡ヶ谷再生大学から、水害にあった工場から引き取ったリユースTシャツを購入しました)を購入。

子どもたちや親御さんたちに、僕らが用意したデザインの中から、好きなデザインを選んでもらってそのTシャツにプリント。

しっかりと乾かして乾燥したら、そのTシャツをプレゼントするという企画です。
・けん玉のプロと一緒にけん玉体験

オリジナルのけん玉をプレゼントし、SAVE THE HIROSHIMAの方に招致してもらったプロのけん玉アーティストの方にけん玉を教えてもらうという贅沢な体験。

子どもたちの間では想像を絶するレベルでけん玉が流行っており、とても驚かされました…。

あとはお菓子の詰め合わせをプレゼントしたり、大阪で活動するプロペラ団の方がたこ焼きを作ってくれたりと、きっと1番重要な「住」は僕らではどうすることもできませんが、「衣・食」の面では、少しだけお役に立つことができたんじゃないかと思っています。
それでは、実際の当日の動きをレポート形式(初)で追いたいと思います。未だかつて、4ヶ月前の出来事をレポートとして追うことがあったでしょうか(反語)

ただ、忘れる記憶でもないので、やってみようと思います。

8/27 AM9:00 熊本入り


FIGHT BACKチーム到着、天気は晴れ。

既に地震から4ヶ月が経っているのに、屋根にブルーシートを掛けている家が沢山あることを実感しました。

AM9:30


熊本空港の中は立ち入り禁止区域があり、左右で分断されています。現在も工事を行っていて、復旧は年明け1月。

AM10:00〜PM12:00 阿蘇へ


腹ごしらえをしつつ、雄大な峰々を通り過ぎて阿蘇へと向かいます。

橋の陥落の影響でかなり大回りをしなければなりませんが、関西では見たことのないような景色の数々が僕たちを出迎えてくれました。

PM13:00 会場である「コットンクラブ」に到着


既に子ども達が集まってくれていて、早速準備開始!ヤギがいる素敵な素敵なペンションです。
PM13:30〜PM18:00 PEACE OF MIND開催 


Tシャツプリントワークショップ


炎天下の下でプリントの乾燥を待つTシャツたち。この後ろは崖になっていて、地震の後連日続いた雨により土砂崩れが起きてしまったそうです。


今回持ってきていたデザインは上の4種類。

その中でも上の2つはありがたいことにとても人気で、スクリーンが削れてしまい、急遽別デザインを投入するなど、嬉しい誤算もありました。

仕事終わりに必死で描いた甲斐があった…。



子どもたちはもちろん、お父さんお母さんにも大好評だったプリントワークショップ。

良いところを見せてやるぞ!と挑んだお父さんのプリントがズレちゃったり、よくわからないままやってみたお子さんがうまくできてたり、そんな出来事も詰め込んだ、形に残る思い出として持って帰ってくれたように思います。

けん玉体験

思ったより自分が必死でやっていたため、明らかに写真が減っていますが、SAVE THE HIROSHIMAの皆様の呼びかけで、広島を中心に多くのけん玉プレイヤーが集まってくださり、様々な技を見せてくれました。

用意したけん玉も大人気の中でなくなり、子どもたちは炎天下の下、みんな熱中していました。


僕が子どもの頃はけん玉も触れ合うことはあまりなく、ほとんどの子どもたちより低レベルだったため、逆に教えてもらうという情けない有様でした。

PM18:00〜 お開き


楽しい時間が過ぎるのは早く、すぐにお開きの時間。

残っていた子どもたちにお菓子の詰め合わせをプレゼントして、みんなで花火をしました。

熊本の人たちに、一夏の思い出を作ることができたのかな…と考えていると、子どもたちから

「今年はもうやらないの?」

「また絶対やってね!」

と言ってもらえたり、

親御さんからは

「この子たちがこんなに笑ってるの久しぶりに見ることができました」

と言ってもらえたり。

自分たちのやりたいこと、自分たちだからやれることをやって、こんな言葉をもらえる。

いつだって思いますが、これほど嬉しいことはありません。

何度か過去にも書きましたが、僕たちは大きなチームではありません。時間と人手が必要な土木作業はできないし、次の週から来る台風に備えて、ブルーシートを張るために屋根に登っていたたくさんの家庭の力になることもできない。

本当に、できることは限られています。

「無理をし過ぎるもんじゃない」とは思いつつも、それを負い目に感じながらこの日を準備して待ちました。

そんなことを話していたとき、復興支援の最前線で旗を振っているジャパンホープの服部さんがくれた一言。

「こっちに来たら、できることは何かあるんだよ。」

たくさんの人々を導いてきた人だからこそ言える、色んな経験が詰まった言葉だと思いました。

これからも、自分たちのやり方でできる「何か」を探していこうと思います。

来年は東北へ足を運びますので、よろしくお願いします。

楽しみすぎてマイナースレット状態におちいるノブちゃん(けん玉プレイヤー)

僕は気を張り過ぎていたのか、終わってから頭痛が止まりませんでした(猛爆)


8/28 熊本散策

一夜明けて、熊本近辺を見て回ることに。

町中にダメージは残されていて、初めて震度7が2回記録されたという、熊本地震の威力を物語っていました。



ただ、町の人たちは本当に元気にされていて、逆に僕達が元気付けられることに。


本当は、色んな人に熊本に興味を持って行ってもらえればと思っていて、観光地みたいなところをピックアップしていたのですが、あいにくの悪天候と迂回に次ぐ迂回が必要になり向かうことができず、今回はこの江津湖だけに。

綺麗な湖畔の広がる、家族づれにも人気のスポットでした。


熊本の特徴として、兎にも角にもごはんがうまい。名物のあか牛はお値段は控えめなのに最高級の味がするし、圧倒的な雄大さを持つ牧場で育った乳牛の飲むヨーグルトは絶品。

ちなみに、前日はあか牛ハンバーガーとあか牛サンドイッチ(どちらも超ボリューミー)を食べて、お腹が崩壊しました。

ワンニャンハウス


腹ごしらえのあとは、益城町で被災した犬猫を、総合体育館の仮設にて保護しているワンニャンハウスさんへ物資を届けました。

現在は避難所の閉鎖とともに終了されましたが、元々専門のペットを取り扱う方達がボランティアで犬猫のケアに当たっていて、この人たちがいなければ、悲しい結末が最も増えていたことかと思います。少しでも力になれていたならこんなに嬉しいことはありません。本当にお疲れ様でした。

オープンセサミ


「余生馬牧場」と銘打たれたオープンセサミでは、色んな馬たちが静かに余生を送っています。

走ること、勝つことが目的で生まれてくる競走馬は、多くが殺処分の対象となり、天寿を全うできる馬はわずか1%。

そんな馬を救いたいという気持ちから始めた牧場には、人からの虐待を受けた馬も自然と集まるようになったとのこと。

そんな矢先に被災。スタッフ不足、資金不足に陥りながらも、代表の百瀬さんがほとんど全ての運営を行っているそうです。


知識のない人間による世話によって、足が曲がったまま成長してしまったユウマくん。ゆっくりゆっくり歩いて、人懐っこく甘えてきてくれます。

本来、馬は背後に立たれることを嫌い、時には警戒して人を蹴り殺してしまうこともあるそう。

しかし、ここの馬たちは元競走馬なのに、一切そんなことはなく、関わる上での注意事項も「特にない」とのこと。その理由は「ノンストレスだから」だそうで、人に動かされることなく、自由に過ごしている馬は人を襲ったりしないそうです。

古来から、その優れた運動能力と頭脳の良さを理由に、人のために生きて、人のために死んでいく馬。

たまにそんなことを考えて、変にセンチメンタルになってしまう事もあるのですが、こういう人たちが悪循環を止めているんだと思うことで、前向きに考えることもできました。

オープンセサミさんには、ニンジンなどの馬の餌などの支援物資をお届けしました。

益城町


被害が色濃く残る町、益城町。

報道で何度もその名前を見たこの町は、被害も甚大でした。4ヶ月経った時点でも、この状態。

土木作業をする方の人員も足りず、瓦礫すら片付いていない状態でした。

真っ先に復興を進めるはずの空港が、1月復旧予定だったことから、想像はしていたんですが、あまりに厳しい現実を改めて突きつけられるようでした。

これからも、沢山行けるわけではありませんが、何度も何度も時間をかけて通って、復興していく様をこのブログに書いて報告していければと思います。

最後に

今年は復興支援として、東北に向かうことができませんでした。

しかし、個人的なイベントで宮古に行くことはできて、道中でいつもお世話になっている、大船渡に住む夢ママには会いに行けました。

今回はISCREAM 7 SHOWERSをギターでサポートしてくれていた、CROW DRAGON TEAの玉ちゃんと一緒に。

FIGHT BACKに協力してくれているI7Sは、今は活動を休止していますが、いつか東北にライブをしに行こうと話していて、きっとそれは、いつの日か叶うと思います。

しかし、一緒になって協力してくれていた玉ちゃんはサポートを辞めてしまい、自分のバンドの状況を鑑みても、東北へ足を運んでもらうのは難しいことになると思っていたんです。

ただ、玉ちゃんにも、どうしても東北に来て欲しかったのと、どうしてもあの日協力してくれた夢ママに会わせたい気持ちがありました。

そんなとき舞い込んできたチャンス、「ハイ・スタンダードが宮古でライブ」。

行けるようになったのは直近でしたが、僕は1番に玉ちゃんを誘いました。

本人には前日まで伝えず、こっそりと水面下で手配をして、I7Sとのイベントから2年が経ってしまいましたが、なんとか2人を会わせることができました。
大船渡にて。夢ママと玉ちゃんと。

来年はISCREAM 7 SHOWERSの支援金を使って、また新たなイベントを東北で行うつもりでいます。

ちょこちょことSNSを更新しますので、また気が向いたら目を通していただけたら幸いです。

P.S.

Team Kさんのご厚意で、AIR JAM2016に僕たちFIGHT BACKのチラシを置いてもらいました。

手描きで描き上げた思い入れのあるチラシなので、少し文字が小さいですが、よかったらお目通しください。

自らチラシを置いて下さると提案していただいたTeam Kの石原代表と。
今年も、皆様のおかげで色々な支援を行うことができました。

長くなりましたが、ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!

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